ピッチで戦う選手やスタッフの素顔や魅力を、アルディージャを“定点観測”する記者の視点でお届けする本コーナー。今回は、宮沢悠生新監督の下で2連勝し、目標達成への“クライマックス”へ向かうチームの現状にフォーカス。日々チームを取材するエル・ゴラッソの田中直希記者が、ベテラン選手の言葉などをもとに、この短期間で戦い方の方向性が定まった背景を探りました。
【ライターコラム「春夏秋橙」】田中 直希
クライマックスへ向けて。今、チームのベクトルが定まっている背景
新たな指針となった宮沢監督のマインド
9月に就任した新指揮官の下、見事に連勝を果たした現在のRB大宮アルディージャ。短い期間で戦い方の方向性を定めて結果を残したプロセスを紐解くと、いくつかの大切なポイントに気づかされる。
これまでのチームを尊重しつつ、「狩る」というキーワードを提示して明確で強いメッセージを伝えた宮沢監督は、「選手たちがオープンマインドで迎え入れてくれた」点を強調している。
前監督に大きなシンパシーを感じていた象徴的な選手でもある下口稚葉が、「今は宮さん(宮沢監督)の話を聞いてください」と、取材者に言ったことがあった。選手たちが新監督の下で一つになって進もうとしている最中で、後ろを振り返らないでいたいというメッセージだ。そして、そのことの重要性を選手たちもよく知っている。
選手の中にも、監督の指示を的確に若手らに伝えた功績のある者がいる。例えば、和田拓也。チーム内で年長者の部類に入り、これまで数多くの指揮官の下でプレーしてきた経験豊富な35歳だ。
「宮さんの指示を理解して、体現できているという自覚はあります。というのも、宮さんが言っていることは、自分のサッカー観に近いものでした」
新体制で2戦連続の途中出場となった前節のベガルタ仙台戦。和田は指揮官の意図を汲んだ上でチームをオーガナイズした。その結果、自らの決勝アシストもあって2-1の勝利に貢献している。
「(宮沢監督は)『こうなったらどうしよう』という後ろ向きのマインドでやっていません。前からボールを奪いたいから、積極的に前へ出ていく。それが大前提で、選手としてはそのほうがやりやすい。サッカーは、“たられば”を考え出すとキリがないスポーツです。極論を言えば、自陣のゴール前にみんなが立って守っていたらいい、という考えになってしまいます。こうしたマインドというのは、ある意味、ヨーロッパ的な考え方かもしれませんね」
日本人は、どうしても「やられたくない」というマインドが先行しがちだ。それよりも、「自分たちが何をしたいのか」を重要視する。短期間でチームの方向性が定まっているように見えるのは、何をするべきか、選手たちの思考が統一されているからだろう。
和田のようなベテランはそのリスク管理を担う立場なのかもしれないが、実際にはチームの指針に沿って前に出るプレーを先頭に立って体現している。
“バランサー”となった年長者の言葉と姿勢
チームがやるべきことを試合で示すことはもちろん、それ以上に大切と言えるかもしれないのが、普段の練習での姿勢やプレーぶりだ。
「練習が2時間あるとしたら、それにしっかりとコミットしてやればいいと思っているし、手を抜くことは絶対にない」
普段からそう宣言しているのが富山貴光である。チームの主将も経験した在籍通算10年目の34歳は、和田と同学年。「試合に出て活躍することを第一に考えながらも、練習から見せられることはある。それがチームを動かす原動力になればいい」と、練習からその背中で示し続けてきた。「いろいろな経験をした選手が多くいるし、若い選手にはそれをうまく利用してもらえればいい」。根底にあるのはその思いである。
「(J1に)上がって、アルディージャというチームの価値を高めないといけない」
チーム愛を公言する富山がしみじみと語るのは、「(昇格を狙える)この立場に、今いるということ」がどれだけ前向きなことであるのか、そして「チーム全員がいかに同じ方向を向けるか」ということの重要性だ。J1昇格も、J2降格も、J3降格もJ3優勝も経験した彼だからこそ、その言葉には重みが加わる。
「若い選手はもっと我を出してやればいい。俺が勝負を決めてやるんだ、という感じでいいんです。中堅の選手ならば葛藤もあるしチームを引っ張る必要もあるので難しさがあるかもしれません。でも、それを楽しみながらやってほしい。必ず成長につながりますから。そして、自分や拓也のような年長の選手は、全体のバランスを取りながらチームをまとめていければいい」
富山自身も、途中出場から仙台戦の勝利に貢献した。「どこのポジションでもいい。なんならSBなどでも。それでも、試合に出ればチームの勝利のためにやる」。そう話しながらも、ストライカーは虎視眈々とゴールを狙っている。取材対応中だった富山の横を通った和田が、「トミが、これからの試合で3点取りますから」と声をかけてきた。それにはニヤリと富山も笑みがこぼれる。「どんな出場時間でも、ゴールを取る自信があります」。点取り屋の魂も、もちろん消えることはない。
最大の目標に向けて、大宮は一つになって「狩り」にいく。
田中 直希(たなか なおき)
2009年からサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の記者として活動。首都圏を中心に各クラブの番記者を歴任し、2025年からはRB大宮アルディージャの担当を務める。著書に『ネルシーニョ すべては勝利のために』、『Jクラブ強化論』など。