【新加入選手紹介コラム】ロバートソンを目指して――。浮沈の1年を経て加藤聖が固めた決意

明治安田J2・J3百年構想リーグの開幕が近づいてきた中、新加入選手の中から数人をピックアップして紹介。今回は、ファジアーノ岡山から加入した加藤聖選手です。エル・ゴラッソで岡山の番記者を務める寺田弘幸記者に、大宮加入の決断の背景にあった激動の1年について綴ってもらいました。

ロバートソンを目指して――。浮沈の1年を経て加藤聖が固めた決意


2025年前半、新天地で誇示したキック精度

良くも悪くも“ケガ”が加藤聖の状況を大きく左右した。ファジアーノ岡山で過ごした2025年はそんな一年だった。

JFAアカデミー福島でプロを目指してV・ファーレン長崎でキャリアを始め、2023年の夏、加藤はプロになって4年目で横浜F・マリノスに加入。即決だった移籍は、日本のトップレベルを知るすばらしい機会となった。J1で優勝争いをしているチームのレベルの高さを肌で感じ、ACLも含めてこれまで経験できないことを多く経験できた。とても得るものが多い時間を過ごしていたから、横浜FMから岡山へ移籍する決断は簡単にはできなかったが、J1へ初挑戦するクラブの熱意に心が動かされた。

「やっぱり、試合に出続けてこそ成長できると思ったんです。正直、マリノスを出るのは難しい決断でしたけど、新しくJ1に上がって挑戦するチームで自分も挑戦してみたいと思いました。本当にいろいろ考えましたし、話をいただいてから決めるまで時間は長くかかりましたけど、最終的には自分を欲しいと思ってくれているチームに行くのがベストだと思って決めました」

“ファジレッド”のユニフォームを着た加藤はプレシーズンから末吉塁と左WBのポジション争いを繰り広げた。(当時)28歳のサイドプレーヤーは前年に岡山のJ1昇格に大きく貢献し、木山隆之監督が志向するアグレッシブなスタイルを体現できる自負をもっており、J1に初挑戦する喜びに満ちてキャンプに臨んでいた。

その末吉の持ち味は守備の激しさで、プレー強度は誰にも負けない自信を持っている。そして、チーム全体を押し上げる推進力も強みだ。一方、加藤の強みは左足のキックの精度をはじめ、攻撃面にある。強みが違う二人による左WBの競争は甲乙つけがたい状況が続いていたが、開幕が迫った中、末吉がひざを負傷して離脱。ポジション争いは思わぬ形で決着がつくことになった。

そして、開幕戦の先発に名を連ねた加藤は、クラブ史に刻まれたJ1初得点を得意のプレスキックでアシストする大仕事をやってのけ、その後もチームに不可欠な存在として活躍していった。


充実していたのはピッチ上だけではない。3月には入籍し、パートナーとともに過ごす加藤は照れながらも顔いっぱいに笑みを浮かべてこう語っていた。

「マリノスでプレーしているときに出会った方にプロポーズしたんです。しっかり者で、かわいくて、本当に僕にはもったいないくらいの女性です。僕は尻に敷かれるような感じじゃないとダメなんで、しっかりと支えてもらっています」

ケガの苦しみを経て。強固な覚悟を抱いて大宮へ

リーグ前半戦、加藤は1試合に欠場したのみで18試合に出場し、年下の佐藤龍之介が日本代表に選ばれたことにも大きな刺激を受け、より一層目に見える結果を出すことを強く意識して試合に臨んでいった。

しかし、リーグ後半戦の最初の試合となった第20節・アビスパ福岡で負傷してしまう。試合終盤に筋肉系のトラブルが起きて離脱を余儀なくされると、左WBのポジションにはこれまで主に右WBでプレーしていた佐藤が回ってきた。

加藤は8月に入るとケガが癒えてチームに合流したが、なかなかコンディションが上がっていかず、苦しい時間を過ごすことになる。その一方で佐藤は試合ごとにパフォーマンスを上げていき、末吉も長いリハビリを経て戻ってくると、加藤は影を潜めていった。

リーグ後半戦は7試合の出場にとどまり、加藤はチームのJ1残留にも貢献できた実感が湧かず、前半戦とは打って変わって冴えない表情を浮かべて語った。

「後半戦はあんまり試合に出てないですし、難しい気持ちの中でシーズンの半分を過ごす形になったので、あまり貢献できた感覚はないです。これが逆で、前半戦があんまりで後半戦に出れていたら違ったかもしれないけど、前半戦に出て後半戦に出れなくなっちゃったので、やり切れなかったっていうか、不完全燃焼だなと思うし、悔しいです」

転機となったケガを、加藤は何よりも悔やんでいた。

「前半戦は調子も良くて、どんどん上がっている感じがあった中で、ケガをしてしまった。それからなかなか戻すことができずにシーズン終盤を迎えてしまったし、やっぱりケガをすると本当に苦しいなって思いました。それはケガをするたびに思っていますけど、今回はより感じました」

岡山で味わった悔しさをもって、新たに大宮で挑戦することを選んだ加藤。その決断の大きな要因の一つとなった海外挑戦の目標については、岡山にいたときから危機感を滲ませながら語っていた。

「まだ24歳っていう気持ちもありますけど、世界的に見たらもう遅い。本当にそろそろラストチャンスだと思っています。海外でプレーするのが自分の目標で、最終的にはイングランドのプレミアリーグでやりたい。プレミアリーグのSBはすごい選手ばっかりですけど、僕は(アンドリュー・)ロバートソン(リバプール)みたいなプレーヤーに近いと思うので、そこを目指していきたい。本当にすばらしいモデルとなる選手がいるので、そこを目指すだけだなと思っています」

もう停滞している時間はない。そんな覚悟をもって、加藤は大宮に向かった違いない。



寺田 弘幸(てらだ ひろゆき)
サッカー小僧、サポーターを経て、2007年からサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の記者として活動。サンフレッチェ広島を担当し、2009年からはJリーグに参入したファジアーノ岡山も担当。以降、広島と岡山を行き来して2クラブの取材を続けている。

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