【新加入選手紹介コラム】「真面目に、謙虚に、泥臭く」。西尾隆矢の“芯”を築き上げたC大阪でのストーリー

明治安田J2・J3百年構想リーグの開幕が近づいてきた中、新加入選手の中から数人をピックアップして紹介。今回は、セレッソ大阪から加入した西尾隆矢選手です。アカデミー時代から数えて10年以上過ごしたC大阪で、プレー・精神面の両面においてどんな強みを身につけたのか。エル・ゴラッソでC大阪の番記者を務め、高校生のときから西尾選手を知る小田尚史記者に紹介してもらいました。

「真面目に、謙虚に、泥臭く」。西尾隆矢の“芯”を築き上げたC大阪でのストーリー


いがぐり頭の高校生が見せた奮闘

初めての取材は当時、彼が高校2年生。2018年のJ3第15節、セレッソ大阪U-23vs藤枝MYFCだった。この試合で西尾隆矢は78分に途中出場、Jリーグデビューを果たした。

「ユースでは経験できないスピードや技術、体の強さを実感して、まだまだ自分には課題しかないと思ったので、頑張っていきたいです。J3は一番近い目標でした。ほかの同年代の選手が出ている中で、自分はまだデビューできていなかったので、より出たい気持ちも強くなっていた中で、今日デビューできたことは良かったです。U-23の練習にも参加させてもらって、スピードには徐々に慣れてきたんですけど、技術や体格差のある相手への対応は課題があります。今日、デビューできたことで、もっと上を目指していかないといけない気持ちになりました」

いがぐり頭の高校生。まだあどけなさも残る風貌ながら、発せられる言葉は実にしっかりしており、「芯の通った選手だな」という印象は、このときから現在に至るまで、まったく変わっていない。ちなみに、彼のモットーは、「真面目に、謙虚に、泥臭く」。これはアカデミー時代の指導者に授けられた言葉。プロになってからも、この金言を胸に抱いてプレーしている。

高校3年生になる直前に迎えた2019年のJ3開幕戦は、西尾を含むディフェンスライン全員が高校生(2種登録のU-18の選手)という構成ながら、アスルクラロ沼津に2-1で勝利。「最後まで選手たちが勝利を目指してあきらめずに粘り強く戦ったところは、私自身、感動しています。若い選手が目一杯、ひたむきに90分、頑張ってくれたと思います」。当時のC大阪U-23監督、大熊裕司(現・テゲバジャーロ宮崎監督)もこのように選手たちを称えたが、記者としても胸が熱くなった一戦だったことを覚えている。

その中で西尾も高校生離れした屈強な体を生かしたハードな守備で食らいつき、“大人”を相手に奮闘。高校生だけのディフェンスラインを懸命に引っ張った。その後はフィジカルの差も含めて厳しい試合もあったが、西尾の良いところは、どんなに大敗した試合でもしっかりと前を見て、決して目線を下げないところ。あくまでポジティブに目の前の相手に挑んでいた姿が強く印象に残っている。

転機は2021年。J屈指の若手CBへ

その原点は中学生時代、C大阪U-15での経験にある。1学年先輩には、瀬古歩夢、喜田陽、鈴木冬一と年代別代表の常連がズラリ。C大阪のアカデミー史においても「黄金世代」と呼ばれる代がいた。

「U-15の練習参加に行ったときの驚きは今でもハッキリ覚えています。レベルが違い過ぎました(苦笑)。でも、そこで落ち込むのではなく、『こんなレベルの高いところでサッカーをやって、うまくなったら楽しいやろな』と、スイッチが入りました。上の代は“黄金世代”と言われていたぐらい、めちゃくちゃ強かった。その中で揉まれて成長できました。上の代と僕らの代では、技術にも差がありました。正直、小学生まではパワーとスピードで勝てたところがあったので、技術はおろそかになっていました。でも中学生になり、セレッソのアカデミーに入ったら、『何も通用しない』みたいな思いを味わいました(苦笑)。強みにしていたパワーさえ、歩夢くんとぶつかったら吹き飛ばされて、危機感を覚えました。そんな中で、中1のとき、金晃正コーチにサッカーの基礎や土台を叩き込まれ、そのおかげでプロになれたと思います」

反骨心をバネにコツコツ努力を重ねるスタイルは、中学生時代に身につけた力だ。

トップ昇格を果たしたプロ1年目の2020年も舞台はJ3。トップチームの試合に絡むことはなく、C大阪U-23の一員としてJ3で25試合に出場した。

迎えたプロ2年目の2021年は、西尾にとって転機となった。J1開幕に向けてディフェンスラインに負傷者が続出したこともあり、西尾は瀬古と組んで、開幕スタメンで出場。柏レイソルを相手に2-0での勝利に貢献した。

「一番、記憶に残っている試合です。普段、僕はそこまで緊張するタイプではないのですが、初めてのJ1だったこともあって、あの緊張感は忘れられません。しかも出会ったときに衝撃を受けた歩夢くんとJ1の試合でCBコンビを組めて、無失点。めちゃくちゃうれしかったです」

J1デビューを勝利で飾った一戦を振り返り、そう高揚感をにじませた西尾だが、クラブとしても、アカデミー出身選手がトップチームの試合でCBに並び立つことは初めて。歴史的な勝利でもあった。

この年はJ1で31試合に出場すると、年末には日本代表にも初選出。「運が良かったです。いろいろと奇跡が重なりました」と自身は謙遜したが、大きな成長曲線を描いた1年になったことは間違いない。

年が明けた2022年の1月には成人式にも出席。地元で歓迎されるとともに、夜は父と二人でお酒も酌み交わした。「父はあまりしゃべらない人ですが、自分が実家を出て自立してからは、家に帰ると、よく二人で話すようになりました。成人式の日も一緒に飲みながら話をしました。近況を報告して、『去年は贅沢な1年やった』と言ったら、『どれだけトントン拍子にいっても、天狗にならないように』と言われました。父には小さいころから人間性の大切さをよく教えてもらっています」。地に足のついた誠実な人柄は、両親の教えによるものが大きい。

この年の開幕前には、2019年から3年連続で腕章を巻いていた清武弘嗣(現・大分トリニータ)が次期キャプテンに西尾を推薦。最終的に当時の小菊昭雄監督(現・サガン鳥栖監督)の判断もあり、清武が引き続きキャプテンを務めることになり、西尾は副キャプテンに落ち着いたが、「来年、再来年と、隆矢がキャプテンマークを巻いてセレッソを引っ張っていけるように、頭の片隅に置いてくれ」という言葉を清武にかけられた。「あの清武選手からそのような言葉をもらって光栄でしたし、うれしかったです。チームに対してどう発信していくか、よりチームのことを考えるようになりました」と身震いした。

プロ3年目にしてチームメートからの信頼を勝ち取り、自然とリーダーシップも発揮していくようになった。ちなみに昨季、「セレッソに来て一番、印象に残った選手」として西尾の名前を挙げた選手が福井光輝。「誰よりもチームのことを考えていますし、若くしてキャプテンシーもある。セレッソのエンブレムをつけてアカデミーからプレーしていることもあると思いますが、責任感が強い」と話していた。実際、西尾は毎試合、試合後は誰より深くサポーターに対して頭を下げる。「応援していただいていることには感謝の気持ちしかありません。アカデミーの後輩に夢を与えられる存在になりたいですし、サッカーを見ている人だけではなく、いろいろな人に勇気を与えられる選手になりたい」。セレッソ在籍中は、常々、このような言葉を発していた。

「一見、強面ですが、礼儀正しい」(畠中槙之輔)性格。それが、西尾という男だ。

“このまま燻っているわけにはいかない”

プロ4年目の2023年からの2シーズンは熾烈なレギュラー争いの中で、出場機会から遠ざかった時期もあった。それでも、常に自身に矢印を向けて自己鍛錬に励んでいた姿が印象に残っている。この期間はクラブとして下からつなぐサッカーを試みており、CBにもビルドアップ能力が求められた中で、西尾も懸命に努力し、足元の技術はプロ1、2年目のころに比べて見違えるほど上達した。

CBとしては決して背が高いほうではないが、対人の強さも彼の魅力。しっかりと体を寄せて、奪い切ることができる。2024シーズンのホームでの大阪ダービー(第29節)では、守備では無失点に抑え、セットプレーから決勝点。1-0での勝利に大きく貢献した。それは、コツコツ努力を重ねてきた男に対する神様からのご褒美のようにも思えた。


アーサー・パパス監督就任1年目の昨季は、攻撃的なサッカーに針を振り切る中で、「守備では、攻撃しながらどうリスク管理をするかが重要。攻撃でもビルドアップで組み立てることは求められています。今年はより攻撃にかかわっていかないといけない自覚はあります。僕のパス1本で戦況も変わるので、やっていて楽しさはあります」と成長のチャンスと捉え、自らを磨いた。

春先から7月にかけてはカップ戦も含めてフル回転したが、7月末に井上黎生人が加入し、進藤亮佑も復調した秋以降は同ポジション内での序列が下がり、それを覆せないままシーズンを終えた。この間、自身の今後について考えを巡らせる時間も大いにあったはずであり、“現状打破”の気持ちが今回の移籍につながったのだろう。移籍時のリリースの文面にもあるように、U-15から育ててもらったC大阪に対する愛情は本物であり、誰より感謝していることは確かな事実だ。

「めちゃくちゃ悩みました」とC大阪を離れることに葛藤もあったことだろう。ただし、一人のプレーヤーとして見たときに、このまま燻っているわけにはいかない。J1昇格を目指すRB大宮アルディージャで確固たる地位を築き、チームの目標に貢献することで見える景色は必ずある。送り出す側としても、寂しさがないと言えば嘘になるが、成長を止めないためにも今回の移籍は正しい判断だと言える。これまで桜で培ってきた力を思う存分発揮して、加入1年目から強いリーダーシップでチームをけん引してほしい。



小田 尚史(おだ ひさし)
2009年からサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の記者として活動。2009年から2013年まではセレッソ大阪と徳島ヴォルティスを兼任。2014年以降はC大阪専属となり、現在はC大阪のオフィシャルライターとしても活動。専属となった2014年からは、国内のC大阪の公式戦はすべて現地取材を継続中。

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