9日に加入が発表されたカウアン・ディニース。ブラジル国内でも高い評価を受けていた21歳はどんな選手で、なぜ大宮での挑戦を決断したのか。王国のサッカー事情に詳しい下薗昌記さんに執筆していただきました。

ブラジルが生んだ新たな“グランジ・デスタッキ”。カウアン・ディニースとは何者か?
『DNA Formador』の哲学が生んだ逸材
カウアン・ディニースがプロ生活のスタートを切り、昨年まで在籍したアメリカ・ミネイロは日本のファンには知名度が高いクラブではないかもしれない。
ただ、1912年に創設された同クラブは、『DNA Formador』(「フォルマドール」はポルトガル語で「育成者」)の言葉をクラブの哲学に持つ、育成に定評のある古豪である。
近年ならば、ブラジル代表のリシャルリソン(トッテナム/イングランド)やダニーロ(フラメンゴ/ブラジル)。さらには、2002年の日韓W杯の優勝メンバー、ジウベルト・シウバ。そうした錚々たるタレントを過去に輩出してきた育成組織が、U-15年代から丁寧に育ててきたタレントがカウアン・ディニースである。
「新しい文化、新しい人たち、新しいメンバー、新しいスタッフ。すべてにおいて新しい環境で、まずここに来るチャンスをもらえたのがうれしいことだし、早く仲間たちと馴染みを深めてチームのためにさらなる飛躍ができるように頑張りたい」

謙虚な言葉で大宮への加入を喜んだカウアンだが、実は今年1月の移籍市場でブラジルメディアを賑わせた注目の存在の一人だった。
2023年はブラジル全国選手権1部を戦いながら、2部降格を余儀なくされたアメリカ・ミネイロ。すでに降格が決まっていた2024年11月のリーグ戦最終節で出場は果たしていたものの、カウアンの本格的な活躍は2025年のブラジル全国選手権2部から。チームは14位に低迷し、苦しい戦いが続いたが、カウアンは37試合中、23試合で先発を飾り、ボランチながら2得点。そのパフォーマンスに、一部のブラジルメディアから「グランジ・デスタッキ(大注目の選手)」と称されていた。
そんな称賛が社交辞令でないことは、21歳の若きボランチを求めたビッグクラブの顔ぶれが物語る。ブラジル全国選手権の1部で上位を争うだけでなく、近年南米の国際大会でも上位を争う名門も彼を求めたが、無限の伸びシロを持つカウアンは、地球の反対側でのチャレンジを選択した。
厳しい環境でのチャレンジを決めた理由
かつて経済力を欠いたブラジルのサッカー界からは、若手を含めて欧州への選手流出が相次いだが、昨年のブラジル全国選手権1部の選手の平均年俸は7,000万円と言われており、Jリーグの待遇を上回る。
伸び盛りの21歳がそれでも大宮でのプレーを選択した理由は、より厳しい環境での成長を目指したからである。
「自分にとってすごく快適な環境にいたが、それを変えたかった。新しい文化、新しい人種、新しい国というのが決め手になっていて、そこでいろいろな人に触れ合って、自分自身の成長にもつなげたい。ここではその体験ができると信じている」
186cm、75kgの恵まれた体格に加えて、昨季の2得点はいずれもペナリティエリア外からの鋭いシュートによるゴラッソ。抜群のキック力も兼ね備える21歳を大宮が獲得できたのは、やはりレッドブルのネットワークによるものだ。
カウアンの大宮移籍を報じたブラジルメディアもエリオット・ウィリアムズ氏(レッドブルサッカー ヘッドオブスカウティングオペレーション)とスチュアート・ウェバー氏(ヘッドオブスポーツ)が大宮の公式サイトで発表したコメントを紹介。レッドブルグループのスカウティングと連係で今回の移籍が実現したことを指摘している。
そんな21歳がまず適応すべきは、初めてJリーグにやってきたブラジル人選手、とりわけ中盤の選手の多くが直面するテンポの速さである。
Jリーグでプレーした多くのブラジル人は口癖のようにこう話す。
「日本のサッカーはテンポが速いが、ブラジルのサッカーはもっとカデンシアード(ポルトガル語で「緩急がある」)だ」
もっとも、近年のブラジルサッカー界もブラジル全国選手権1部では外国人監督が数多く指揮し、強度の高さと攻守の切り替えの速さはトレンドとなっている。そんな上位を争う名門からも獲得を希望されたカウアンだけに、適応するはずだ。

左頬と首元に刻んだ信念
宮沢悠生監督は言う。「まずはチームに馴染んでもらいたいが、出会ったときからかなり真面目な青年という印象を受けた」。
指揮官の見立てに間違いはなさそうだ。左の頬に刻まれたタトゥーの文字は「信力」。その真意を聞くと「信じ続けることで物事は動くし、信じ続けることで達成できる、常に信じる力を自分に備えていたいから」とカウアンは言った。
そして首元にある「STEP BY STEP(一歩ずつ)」のタトゥーは、彼のサッカー人生を象徴するようなフレーズだ。

アメリカ・ミネイロはサポーターやメディアから「コエーリョ(ウサギ)」の愛称で呼ばれるクラブだが、ウサギのような一足飛びでなく、U-15からU-17、そしてU-20を経てトップチームに昇格。1カ月後の未来さえ保証されないような厳しい下部組織の生存競争を「STEP BY STEP」で生き残ってきた男でもある。
信じる力とともに――。ブラジル人ボランチの新たな挑戦が始まる。
下薗 昌記(しもぞの まさき)
朝日新聞記者を経てブラジル・サンパウロ市内の新聞社に転職。南米各国でW杯やコパ・リベルタドーレスなど750試合以上を取材。2005年からサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』のガンバ大阪担当を務める。著書に「ジャポネス・ガランチードー日系ブラジル人、王国での闘い」「ラストピース」などがある。

