ピッチで戦う選手やスタッフの素顔や魅力を、アルディージャを“定点観測”する記者の視点でお届けする本コーナー。今回はオフィシャルライターの戸塚啓さんに、ドイツ・ライプツィヒで行われたレッドブルグループのメディアツアーの模様を前後編に分けてレポートしていただきました。
【ライターコラム「春夏秋橙」】戸塚 啓
レッドブルグループ・メディアツアーレポート 前編
RBライプツィヒ・CBO ブレンゲ氏×原博実
レッドブルグループ入りがもたらす相乗効果
2024シーズンが幕を閉じた12月中旬、レッドブルグループによるメディアツアーが開催された。招待されたメディアはライプツィヒのレッドブル・アリーナを詳細にわたって案内され、アカデミーが使用するエリアを中心にクラブハウス内を見学し、ブンデスリーガの試合を観戦する機会を与えられた。
ライプツィヒのレッドブル・アリーナ
さらに、RBライプツィヒのCBO(Chief Branding Officer)であるヨハン・プレンゲ氏、RB大宮アルディージャの原博実代表取締役兼フットボール本部長(肩書は取材時のもの)が、レッドブル・アリーナの記者会見場でメディアの取材に応じた。
プレンゲ氏は大宮の仲間入りを歓迎する。
「私たちのグループにはドイツ、ニューヨーク、ブラジルにクラブがあります。日本人選手の活躍やポテンシャルは、ドイツ・ブンデスリーガで観ることができています。その中で日本のクラブであるRB大宮がグループの一員となり、一緒に仕事ができることを、本当に心よりうれしく思っています」
具体的にどのような相乗効果を期待しているのか。プレンゲ会長は通訳を介して質問を聞くと、すぐに答える。考えがまとまっている、ということだ。
「日本のサッカーはドイツ・ブンデスリーガにおいてだけでなく、世界中ですばらしいものとして評価されていると思います。それがどうやって生まれているのか。サッカーだけでなく、日本の文化をしっかりと学びたいと思っています。日本の文化を知ることで、サッカー、スポーツの文化につながってくるでしょう」
たとえば、と言ってプレンゲ氏は言葉をつなぐ。自身とグループの本気度が、ストレートに使わってくる。
「日本人が持つすばらしい規律、尊敬を持っていろいろなことに取り組む姿勢、そして礼儀。何事にも全身全霊をかけて、ハードワークをしながら取り組むこと。そういったものは、私たちが日本のみなさんから学べるチャンスだと思っています。 そういったところは私たちのサッカーにおける考えに、たとえばオフェンシブに、アグレッシブにプレーする、プレスをかける、高いインテンシティでプレーする、といったところにもつながってくると思います」
レッドブルのグローバルネットワークは、一つの経営母体が複数のサッカークラブを運営するマルチクラブオーナーシップの成功例として知られる。そのメリットは「本当にたくさんあります」とプレンゲ氏は言う。
「ピッチの中だけではなくピッチの内外ですばらしいものを得られています。育成について挙げれば、トレーニングがどのように構築されているのか。フィロソフィーがどういうものなのか。スカウトのシステムはどうなっているのか。それから、医学的な部分も。しっかりといろいろな形でネットワークを作りながら、いろいろな情報を共有できる。そのうえでこのネットワークが一つの考え、一つのコンセプト、一つのフィロソフィーのもとで選手を育成して、勝利に向かっていく。それはすばらしいことだと思っています」
RBライプツィヒのトレーニング場
情報の共有によって高め合うのは、ピッチ内のパフォーマンスだけではない。持続可能なクラブとなるためのノウハウも、彼らは持っている。
「私たちは本当にいろいろな種類の経験を持っています。ピッチ外においても育成の施設をしっかりと作り上げていますし、RBライプツィヒのレッドブル・アリーナもそうです。 そういったものをどのように作り、どのように活用していくのかについても、我々が持っている知識を共有できます。スポンサーの獲得や宣伝などについても、我々のネットワークをうまく活用してもらって、より良いものに近づけてもらえたらと」
期待される人材交流
昨年10月の株式譲渡とそれに伴う経営権の取得から、彼らはオープンな姿勢を貫いている。自分たちのノウハウや情報はすべて公開し、RB大宮へのサポートを惜しまない。
原本部長が言う。
「ミュンヘンのレッドブル本部へ寄ってからライプツィヒへ来たのですが、アカデミーダイレクターに会い、U-15の公式戦を見せてもらい、トップチームの試合前日の練習も見せてもらいました。レッドブルのグローバルネットワークに入ることができてすごくうれしいし、いろいろなものを還元してくれている。一緒になってやっていこうという姿勢が、いろいろなところで見える。グループに入れて良かったなと、僕だけじゃなく皆が感じていると思いますね」
自分たちが持っているものをRB大宮へ還元するために、彼らはRB大宮の現状把握を務めてきた。ピッチの内外を問わずにあらゆる分野において、事細かに情報を集めている。自分たちが獲得してきたものを押し付けるのではなく、RB大宮にとっての最適解を探すという姿勢の表われだろう。原本部長が続ける。
「彼らが日本へ来たときも、今回僕らがこうして来たときも、ミーティングをたくさん重ねていきます。その中で彼らが言うのは、まず大宮の現状を正しく知りたい、と。どういう歴史を歩んできたのか。施設はどうなっているのか。育成はどうなっているのか。女子のVENTUSはどうなのか。彼らは何かを変えたいというよりも、こちらの状況をしっかりと把握して、そのうえで、一緒にクラブを成長させていこうと。そういう意識をすごく感じるんですよね」
だから、と原本部長は言葉を切った。隣に座るプレンゲ氏に視線を移しながら、「上から目線でこうやれとか、こうしろと言われたことはないんですよ」と語る。
「彼らは、選手もフロントも育てなきゃいけない、施設も良くしなきゃいけない、と言う。そのためのプロセスを、協力して歩んでいこうという発想なんです。それはすごく、ありがたくて。お互いを知って、より良くなるためのプロセスを本当に一緒に考えてくれている。いろいろな場面でたくさんのヒントをもらうことができているし、これからクラブがすごく良くなりそうな期待感で、みんながワクワクしているかな」
原本部長の話を聞きながら、プレンゲ氏は2度、3度と繰り返しうなずく。二人は前夜に夕食のテーブルを囲み、意見交換をしたのだった。
「メールや電話で終わらせるのではなく、しっかり顔を合わせて深いところまでコミュニケーション取りながら、お互いの仕事を進めていきたいです。何度も何度も重ねながら、やっていきたいですね」
早い段階で期待されるのは人材交流だ。
今度は原本部長がうなずく。
「こちらに来てみて、すぐにでもできるのは育成年代の交流かなと感じました。チーム単位でドイツへ遠征して試合をするのもそうだし、その中から何人かが残って一定期間トレーニングをするとか。うちのコーチも選手と一緒に残って、RBライプツィヒのノウハウをいろいろと学んでいく。その逆で、ライプツィヒの若い選手にRB大宮へ来てもらって、うちの選手に混じってやる。お互いにとって刺激になるでしょうし、それはすぐにでもできるね、という話はRBライプツィヒのスタッフとしているんです」
ドイツはGK大国として知られてきた。GK育成の知見に触れ、クラブの共有財産とすることは、RB大宮のみならず日本サッカー界にとっての利益となる。
「GKもそうやって選手が交流して、指導者も練習メニューなどの知識や経験を分かち合う。アカデミーの交流はすぐにでも動き出したいですね」
2024年シーズンにJ3優勝によるJ2復帰を果たしたRB大宮は、続投が発表された長澤監督のもとで新シーズンへの準備を進めている。そこでも、レッドブルグループのストラテジーを生かすことができている。
「今回はトップチームのスタッフもドイツへ来ているんですけど、今シーズンのRB大宮を様々なデータで示してもらったんです。いいことだけじゃなく、ここの部分はまだまだだよね、ここは課題だよねというのを、データでしっかり出してきてくれました。J3の中でこの項目は何番目、といったものまで出てきます。J1とJ2の選手についても個人のデータを持っていて、たとえば『この選手を獲ろうと思っているのだけど』と言えば、すぐにデータを示して意見をしてくれます。J3で戦う中でどういう課題があり、新シーズンへ向けてどこを改善していくべきなのかを、一緒に共有してくれている。外部から客観的な意見をもらってチームを見つめるというのは、当然ですけれどこれまでになかったことで、プラスになりますよね」
現在39歳のプレンゲ氏は、レッドブルサッカーインターナショナルで要職に就いてきた。彼の言葉はネットワーク全体の思いと理解していい。
レッドブルのグローバルネットワークの仲間入りを果たすということは、クラブのアイデンティティーを変えることではない。大宮アルディージャとして築いてきたものを土台として、RB大宮アルディージャとして国際的にも通用するクラブとなっていくことを意味するのだろう。
後編へ続く
戸塚 啓(とつか けい)
1991年から1998年までサッカー専門誌の編集部に所属し、同年途中よりフリーライターとして活動。2002年から大宮アルディージャのオフィシャルライターを務める。取材規制のあった2011年の北朝鮮戦などを除き、1990年4月から日本代表の国際Aマッチの取材を続けている。