ピッチで戦う選手やスタッフの素顔や魅力を、アルディージャを“定点観測”する記者の視点でお届けする本コーナー。今回は、J1昇格をかけて戦うこの最終盤にお送りする“特別編”。長年クラブを取材しているオフィシャルライターの戸塚啓さんに、昇格への思いを込めた記事を執筆してもらいました。

【ライターコラム「春夏秋橙」】戸塚 啓
その「準備」は2024に始まった。たくましさを纏った大宮は止まらない
一戦必勝。昨季の経験を生かして歩んだ今季
正直に告白する。
このチームはすごいことをやってのけている、と思う。
今季のスタートから、J1昇格をもちろん期待していた。ただ、J3からJ2へ復帰したチームが、1年でJ1に昇格するのが簡単でないことは、十分に承知していた。
個人的にはJ2での苦い記憶を、払しょくすることができずにいた。
高木琢也監督の就任2年目の2020年に、J2でクラブワーストとなる15位に沈んだ。前年の3位からの急降下は、苦しみの序章に過ぎなかった。翌2021年はシーズン序盤から苦しい戦いが続き、前年からさらに順位を下げて16位でJ2残留を果たした。
2022年もJ2残留に苦労した。2023年はついに、J2残留がかなわなかった。
ここ数年の私たちは、J1昇格ではなくJ2残留を争う立場だったのだ。2024年のJ3を圧倒的な力で制したとはいえ、J2の戦いは甘くない。だから、シーズン開幕前の僕は漠とした不安に襲われていた。弱気だったとさえ言っていい。
そんな僕とは対照的に、チームはたくましかった。ホームで迎えた開幕戦で、90+7分のゴールでモンテディオ山形を下したのは大きかった。前年4位のJ1昇格候補を下したことで、アクセルを一気に踏み込むことができた。

その後もチームはチャレンジャー精神に貫かれ、相手に襲いかかる姿勢で勝点を積み重ねていった。シーズン序盤にアルトゥール・シルバが離脱し、折り返し地点を過ぎた直後にはガブリエウが負傷した。彼ら以外にも、長期離脱をした選手がいる。短期間タッチラインの外側で過ごした選手もいた。それでも、J1昇格争いに加わっていった。
シーズン中の監督交代は、かなり思い切った決断だったと思う。それがプラスに転じたのは、コーチングスタッフも、選手たちも、フロントスタッフも、前向きかつひたむきに現実と向き合っていったからにほかならない。誰一人として負のエネルギーを発散せず、目前の試合へ集中していった。

目前の試合へ集中していく──実はこれが、簡単ではないのである。
自分たちの目標を達成するには、今この時点でどれぐらいの勝点が必要なのか。選手なら経験則で分かるものであり、その時点で到達か未達かはシーズンのどのタイミングでも気になるはずである。
これについては、昨季の経験が生きていると感じる。
1年でのJ2復帰を至上命令とした2024年のチームは、一戦必勝のメンタリティでシーズンを駆け抜けた。開幕当初から首位を快走しても、順位や勝点を気にする選手はいなかった。一人も、いなかった。試合後の選手たちは、スコアや試合展開に関係なく、「次の試合へ向けて、明日からいい準備をするだけです」と繰り返した。
終わった試合をレビューし、成長へつながる課題を抽出し、練習で改善に取り組む。シーズン中のあるべきルーティーンを、監督以下スタッフと選手たちは愚直なまでに遂行していった。J2昇格を確定させても、J3優勝を決めても、緊張感を保ち続けた。1試合も無駄にしなかった。
ラスト3試合は勝ち切れなかった。すでに目標は達成している状況で、選手たちは勝利を逃した悔しさをあらわにした。ホームの最終節でカターレ富山に苦杯を喫すると、誰もが本気で悔しがった。怒りにも似た感情をにじませる選手もいた。
あのときすでに、J2を戦う準備はできていたのだと感じる。J1昇格を本気で争う準備を、選手たちはすでに始めていたのだと。
“自覚の強さ”を表現するようになった選手たち
一人ひとりがたくましくなっている、と感じる。
ガブリエウ離脱後は主将の腕章を巻いてきた市原吏音は、20歳とは思えない落ち着きとリーダーシップを見せている。ゲームキャプテンでなくてもチームの先頭に立っていただろうが、U-20日本代表の一員として世界の舞台に立ったことなども含めて、さらに強い自覚を胸に宿している。
闘争心をハッキリと見せる選手もいる。笠原昂史や下口稚葉は、シュートストップやシュートブロック後のアクションで、チームメートとファン・サポーターを鼓舞する。今季は村上陽介も、相手のシュートを阻んだあとに力のこもったガッツポーズをするようになった。スタメンを外れる時期を経験し、シーズン終盤にチャンスを得たプロ2年目のCBの自覚が、とても眩しくて頼もしい。
宮沢悠生監督が就任した第31節のジュビロ磐田戦から、チームは5勝1分と6戦負けなしだ。第31節以降の勝点獲得のペースは、リーグ最多である。6試合のうち5試合で複数得点を記録しており、逆転勝利あり、終盤の決勝点や同点弾あり、ゴールラッシュあり、途中出場の選手のゴールありと、どの角度から見ても波に乗っている。J1昇格の可能性があるチームで、今もっとも勢いがあると言っていい。
23日にホームに迎え撃つ徳島ヴォルティスは、リーグでもっとも失点が少ない。アウェイの18試合だけを見ても、失点はわずかに「9」である。相手の堅守をいかに崩すかがこの試合のテーマとなるが、こちらはリーグ2位の得点数を叩き出している。相手の守備を恐れることはない。宮沢監督が強調する「狩る姿勢」を試合開始から全面に押し出して、スタメンからサブのメンバーへバトンをつなぎながら相手を上回るのだ。
シーズン最終盤を向けたチームは、「追う者の強み」を体現している。チャレンジャーのスピリットで猛烈に、強烈に、徳島に襲いかかればいい。試合後にはきっと、NACK5スタジアム大宮に「寝ても大宮」が響いているはずだ。

戸塚 啓(とつか けい)
1991年から1998年までサッカー専門誌の編集部に所属し、同年途中よりフリーライターとして活動。2002年から大宮アルディージャのオフィシャルライターを務める。取材規制のあった2011年の北朝鮮戦などを除き、1990年4月から日本代表の国際Aマッチの取材を続けている。


