今回は、RB大宮アルディージャのアカデミーの今の取り組みを紹介するため、小池直文アカデミーダイレクターのインタビューを2回にわたってお届けします。前編では、取り組みの柱である『個の育成』と『IDP』について話をうかがいました。
聞き手=田中 直希
アカデミー年代を指導するスペシャリストとして、日本サッカー界で従事してきた小池直文氏が、今年よりRB大宮アルディージャのアカデミーダイレクターに就任した。男女のアカデミーを統括する立場として、過去の知見を生かしながらアカデミー組織の良化を目指して日々を過ごす。中でも、“大方針”という『個の育成』、『IDP(Individual Development Plan/選手一人ひとりに合わせた目標設定や能力開発指標に沿った具体的なアクションプラン)』について聞いた。
【IDPの概要について(出典:ナショナル・フットボール・フィロソフィーとしてのJapan' Way/日本サッカー協会)】
Jリーグ全60クラブを見てまわって
──今季から大宮のアカデミーダイレクターに就任しました。それまではどんなことをされていたのでしょうか?
「もともと、横浜F・マリノスで20年以上アカデミーの仕事をしていて、現場のコーチとアカデミーダイレクターを経験しました。2020年からはJリーグの『Project DNA』(選手や指導者の資質を紡ぎ、ワールドクラスの選手を輩出することを目的に、2019年2月に始まった育成重点施策)に参加して、5シーズンかけて、Jリーグ全60クラブの練習施設などをまわりました。主には、『IDPの取り組みを各クラブに浸透させましょう』といった活動です」
──そこから大宮のアカデミーダイレクターに就任したいきさつについて教えてください。
「大宮の体制が変わった中で、原博実さんからお話をいただき、これまでのキャリアで身につけたことを大宮で生かせればと思い、就任しました」
──実際に就任してみて、大宮のアカデミーにはどんな印象を抱きましたか?
「Jリーグ60クラブ中では間違いなく良いほうの部類に入ると思います。ただ、『ここを変えたらもっと良くなるな』ということも感じたので、『ここからさらに突き抜けていこう』という話はよくスタッフにしています。僕自身も、つねにいろいろなことにトライすることを意識していていますね」
良い選手を輩出するための「3つのポイント」
──大宮アカデミーの良さや強みはどこにあると感じていますか?
「特に守備の堅さとか、もともと培ってきた技術的なベースは本当にしっかりしていると思います。でも逆に、大胆さや、リスクを負うことといった部分を身につけるための文化を作らなければいけないと思っています。何より、『大宮のアカデミーに行ったら選手は伸びるよね』という信頼をさらに得ることが一番大事だと思っています」
──現在、アカデミーでは主にどんなことに取り組んでいるのでしょうか?
「IDPの観点で言うと、選手個人をしっかり育てることを一番に考えています。練習でも、個人がそれぞれの課題を解消するための時間をしっかりとっています。全員が同じ課題を抱えているわけではないので、共通のトレーニングに加えて、クロスが苦手な選手にはクロスのトレーニング、シュートが課題の選手にはシュートのトレーニング、ヘディングが苦手な選手にはヘディングのトレーニングをやるようにしています。将来の目標設定から逆算して、その選手に合ったトレーニングを行うことを大事にしていますね」
──指導者に関しては、どんな方々が集まっていますか?
「まず良い人ばかりですし、みなさん、外から入ってきた僕の話を素直に聞いてくれます。だからこそ僕も信頼していますし、もっと伸びてほしいと思っています。実は、スタッフにもIDPを施しているんです。スタッフも伸びれば、『良いスタッフ(コーチ)が良い選手を育てる』という流れができ上がるので、そこにもトライしています」
──継続して良い選手を輩出していくうえで大事なことはなんだと思われますか?
「以前からさまざまな場面で『3つのポイントがある』と伝えています。1つ目が、『タレント性をもった選手をスカウトできるか』、2つ目が、どういう施設があり、どういうトレーニングをやるのかという、『環境面』、そして3つ目が、『コーチのクオリティ』です。この3つで決まると思っています。僕の手元にはつねにその3つのボタンが合って、もちろん3つすべてを押すときもありますが、『今はこれに力を入れる必要がある』という判断を下すことも重要です」
──重要なポイントの2つ目に「環境面」を挙げられました。大宮アカデミーの環境面については、どう感じていますか?
「グラウンドの近くに寮があり、天然芝も2面あります。Jリーグのクラブの中でも良いほうだと思います。ただ、本当にレベルの高いクラブと比べるとまだまだだと思いますし、変えていかなければいけない面もあると考えています。クラブハウスの中も、少しずつ整備しているところです」
──では具体的に、アカデミーからどういう選手を輩出していきたいとお考えですか?
「やはり、5大リーグ(イングランド、スペイン、イタリア、ドイツ、フランス)で活躍したり、日本代表に選ばれたりするような選手をどんどん育てていきたいですね」
IDPによって実際に生じた選手の変化
──IDPの取り組みについて具体的にうかがいます。選手にはどんなことをどんなタイミングで投げかけているのでしょうか?
「まず、私を含めたアカデミーの各コーチで担当する選手がそれぞれ決まっています。現状ではなかなか計画どおりに進まないところもありますが、大会の前や、年代別日本代表に選ばれたときなど、節目に個人面談を実施しています。ちょっとした蹴り方の修正など、プレー面の現在の課題などを話したりしています」
──選手の反応もいいですか?
「実際に選手へ聞いてみないと分かりませんが、ただただ練習場に行って練習をするだけでなく、目標や計画をしっかりと定めて、それに向かって選手自身が考えて取り組むので、楽しいと思いますよ。そのうえで、『ここの回数をもう少し増やさないとね』とか『ここの強度を上げなきゃね』とか、フィードバックをするようにしています」
──IDPの取り組みのどういったところが選手の成長につながるとお考えですか?
「『苦手なことを克服したい』、『“スペシャル”を“スーパースペシャル”にしたい』といったように、選手個人によって違いはある中でも、自分の伸ばしたいところを伸ばすことができるというところが一番だと思っています。あと、コーチが『アレをやれ、コレをやれ』というよりは、選手が自主的に始めるトライに重きを置いているので、選手が自分の成長に自分で責任を持つことができると思っています」
──その中で、どういうときに指導の難しさを感じますか?
「選手が自分で『ここがストロングポイントだ』と思っていても、コーチから見たらそうではないこともあるんですよね。そういうときは、選手と対話をする中で、その相違について否定することはせずにうまく良い方向に持っていく必要があります。IDPの取り組みは、選手が楽しめるだけでなくそうやって指導者側も試行錯誤をすることで楽しめるものだと思っています」
──そういった指導によって、実際に選手の言動は変わってきていますか?
「たとえば、『5大リーグでプレーしたい』と言っていた子が、『ラ・リーガでやりたい』、『レアル・マドリーでやりたい』『アーセナルでやりたい』と言うようになるとか、具体的になることはあります。そうすれば、習得する必要がある語学も変わりますし、目指すプレースタイルも気にして練習するようになります」
──夢やプランが具体的になることで、道ができていくということですね。
「そうなんです。『じゃあ、何歳でどこに移籍するの?』と聞けば、逆算して考えるようになりますよね。そういう力が身につくことが重要です。白黒だった自分の夢に色をつけていくような、そういった作業です」
──大谷翔平選手が高校時代に書いていた「目標達成シート」のようなイメージでしょうか。
「まさにそういうものです」
──お話を聞いていると、小池さんのお仕事も充実されていることがうかがえます。
「男子だけでなく女子のアカデミーダイレクターも担当しているので、やることがたくさんありますよ。忙しいぶん、うまくいったときの喜びも倍だと思っています。まだまだやらなければいけないこと多くあって大変ですが、『個を育てる』というところと『IDP』というところが“大方針”としてしっかり定まっているので、本当にやりがいはあります。結果のところに関しては、選手が伸びていけば自然とついてくると思っているので、心配はしていません」
選手の育成は難しい。紋切り型の指導では、それぞれの個性が伸びない可能性もある。小池氏が標榜する『IDP』による選手育成は、それだけ指導者の仕事量が増えることにもなるだろう。それでも、サッカークラブの礎がアカデミーにあると考え、RB大宮アルディージャは日本サッカーの育成組織の中でも「突き抜けた」存在になるべく、革新を進めていく。
※後編に続く。
田中 直希(たなか なおき)
2009年からサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の記者として活動。首都圏を中心に各クラブの番記者を歴任し、2025年からはRB大宮アルディージャの担当を務める。著書に『ネルシーニョ すべては勝利のために』、『Jクラブ強化論』など。