対戦した際には破壊力のある恐るべしストライカーで、味方となった今は誰よりも頼れるゴールゲッター、それが齊藤夕眞 選手です。2024-25シーズン後半戦からVENTUSに加入して怒涛の6ゴール奪取はチーム最多得点。どんなときも全力で、誰が見ていなくても自分自身が知っているから、揺るぎない覚悟でチームを牽引した最年長の新加入選手。その裏には多くの葛藤と、サッカーへの純粋な思いが秘められていました。
Vol.69 文・写真=早草 紀子
——まさに今はシーズンオフ真っただ中です。齊藤選手はどう過ごすんですか?
宮崎に里帰りします笑)。大宮に来るのが決まったとき、リリースのタイミングの問題とかもあって、みんなとあまり話せずに出て来ちゃったんです。地域の皆さんとも会えないままになっていたので…。あと現地でヴィアマテラス宮崎の試合をスタジアムで見てみたいんですよ。いつも出てる側だったから、一度もスタンドから見たことがない。ちょうどホームゲームがあるのでそこに合わせて行ってきます!
——宮崎…。おいしいもの、たくさんありそうですね。
ありますよ~。シーズンオフの始めは欲望のままに食べたいものを食べるんです。全部の欲を解放したい! シーズン中は集中しているので、ストレスを感じてないつもりだったんですけど、終わった瞬間解き放たれたー! って感覚があったので、ストレスがあったんでしょうね(苦笑)。そこが過ぎたらしっかりトレーニングをしてちゃんと食べる体にしていきます。太る体に変化する前に切り替えるのが大切! それを間違えるとキャンプで必ずケガをするってわかるんで…。昨シーズンは、一年半ぶっ通しだったので必要な解放だと思ってます。
——牛タンがお好きなんですよね?
好きですね~。良いお店ありますよ! まず川越の「シンラガーデン」。ここの厚切り牛タンはヤバい! 絶対に行ってほしいです。あと本当は教えたくないけど(苦笑)、コスパでいくなら「壱ノ蔵」もおすすめです。白菜サラダがおいしい! 先日(平井)杏幸と2人で行ったんですけど途中でお腹いっぱいになりました(笑)。ここのタンはビジュアルが最高で…、固く見えるんですけどプリプリで簡単にかみ切れる。上ハラミなんてもはやステーキ! 絶品です。
——これ以上話が弾むとお腹が空いてしまうのでサッカーの話を(笑)。GK以外ほぼ通ってるんですね。そんな齊藤選手が思う今の自分のベストポジションは?
FWです! このサイズの割りには体力的にもハードワークができるので、シンプルに前にいたらイヤな存在になれるんじゃないかなと思うんです。うまさというよりも自分の場合はゴールの嗅覚が立つほう。でもこの嗅覚に気づいたのは最近で(笑)。前所属のヴィアマの1年目から4年間、チーム内で最多得点だったんです。得点の取り方も、もう一回やってって言われても無理! 毎試合毎試合、もうこのゴールはできないっていうゴールばかりだったんです。それで実感しました。
——一番の成長期はいつ頃ですか?
やっぱり一度、引退してから復帰して宮崎にいた4シーズンですね。下から積み上げてきたことで、今の位置に戻ってきたから。カテゴリーを下げると人によっては出られないから逃げたって言われることもある。自分の中では逃げたとは思ってはいなかったけど、ここでできないなら、下げてでもガンガン試合に出て上がっていくモチベーションでした。
——地域リーグまで行って、一度もそのモチベーションが途切れることはなかったんですか?
それがなかったんです。最初に行ったモチベーションがちょっと普通じゃなかったから。26歳で引退したとき、一番の理由はセクシャルマイノリティの問題でした。それまではサッカーが一番だったんです。それがどんどん変化してきて、あるとき“男性として生きる”という考えとサッカーの比重が心の中で入れ替わった。一般社会で26歳って結婚し出したり、役職が付き始めたりする頃ですよね。ライフステージが変わってくる時期で、サッカーでは自分が家族を持った時に養えないなって思っちゃったんです。
——地盤固めへの一歩だったんですね。それにしちゃ、復帰まで一年ちょっとって…、これはどう捉えればいいのでしょう?
最初は目標年収を1000万! って定めてゴリゴリの営業職についたんですよ(笑)。根性だけはある。言葉はうまくないけどとにかく正直だから伝わる人には伝わる感じだったんですけど、ある日、これ、自分じゃなくてもきっとできるなって気づいてしまいました(苦笑)。サッカーのときにみんなで喜びあって感じた達成感みたいなものを知ってるから、稼ぎたい! っていう思いだけでは自分のモチベーションにはつながらないことが分かってしまったんです。その後、指導者としてのお誘いをいただいたんですけど、休みの日が合わなくて、休日を調整できる会社に転職しました。ルームアドバイザーという家を案内する業種があるんですけど、住宅を見るのは好きだったし反響営業だったので、向いてるかなと。
——そこから一転して復帰の道へ進むことになったきっかけは?
男性として生きようと決めて、ホルモンを投与した時期があったんですけど、その薬がまったく合わなくてすごく体調が悪くなってしまったんです。そこから男性になる必要はないのかもしれないと思い始めました。男性か女性かの二択の中で生きていかないといけないと思って苦しかったけど、今の時代は性別にかんしてもいろいろ理解も広がってきてる。どっちでも良いんだったら、大好きなサッカーができるじゃないか! って。薬を投与したり、名前を変えたりしてるから、ちゃんと正式なルートを通って復帰しないと批判も出る。その頃にもうWEリーグという舞台があることは分かっていたけど、自分はここまでいろいろしちゃってたから、帰る場所もないし、コンディションも悪い。食べ続けたことで10キロくらい太っちゃってましたし(笑)。大きな覚悟が必要でした。
——ヴィアマの選手は地域おこし協力隊として活動するなど、とにかく地域への密着度が他とはまったく違うイメージです。
今までにない取り組みですよね。自分も当時はセクシャルマイノリティのことを世間にカミングアウトしてなかったから「齊藤あかね」が「齊藤夕眞」になった理由も周りは分からないわけじゃないですか。声も低くなって、ドーピングの懸念とかもあって、きっと自分に対するイメージはクリーンじゃない。サッカー界に帰ってきてもどう思われるか分からない。それでもサッカーがやりたい。そういう時期に、地域貢献だったらサッカーをやってた自分を生かせるかもしれないって思えたんです。
——宮崎でそういう関係性を築いてる中でのVENTUSからのオファーですよね。
自分の中に秘めた思いとしてトップレベルでプレーしたいというのがヴィアマ3年目くらいで芽生え始めたんです。一度VENTUSに練習参加に来たこともあったんですけど、そこで獲ってもらえなかったっていうのも、もっとヴィアマで頑張れって意味かなって思いました。自分の中ではMVPも得点王も獲ったし、自分の評価が数値として出てる今だなって思って挑戦したんですけど、これじゃまだまだなんだなって現実が分かった。だからもう一年ヴィアマで頑張ってなでしこリーグ1部の優勝の景色をみんなで見よう! って決めました。その目標を達成できたから、他チームからオファーが届いたら受けようとは思っていました。
——VENTUSに来たとき、チームは難しい状況にいましたよね。
しかも最年長で入ってきたんですよ。周りは自分のこと知らないし、WEリーグで結果が出てるわけじゃない。やってみないとどれくらいやれる選手なのか分かってもらえないし、自分でも分からない。いろんなことを考えたけど、ブレさせなかったのは“自分が自分でいること”。自分がなんのためにこのチームに来たのか。シーズン途中で呼んでもらえた意味を自分の中にしっかり持つことは忘れちゃいけないと思ってました。
——最年長として今、どんなものを齊藤選手の背中から感じ取ってもらいたいですか?
ピッチに立つ責任と覚悟。ピッチに出たら年齢も経験もまったく関係ない。16歳が出ていようが32歳が出ていようが、出た以上はチームの看板を背負ったプロとして見られる。上手い下手ではなく、責任がついてこないと出せるプレーも出せないと思うし、最後のところでやられたり、最後のところで決めきれなかったりということにつながる。誰が見ても心が熱くなるようなそういうプレーをみんなでやっていきたいし、それを自分は背中で見せたいです。
——以前、後半戦のみということで齊藤選手は10ゴールを目標値としてました。一つひとつ異なるパターンでの6ゴールでしたが、おそらく満足は…?
してません! 自分が目標としてたところは達成していないので、それで言うとまだまだ70点台。でも、自分のなかで本気で取り組んだ自負があるから出し切ったっていう面では100点。まだ伸びしろがあると感じながら来シーズンを迎えられます。
——ではその伸びしろを込めて2025/26シーズンは何ゴールを目標にしましょうか?
せめて前半戦で10ゴールはいきたい。2024-25シーズンは得点王が13得点だったので…。でもフルでやってたとして、同じゴール数を決めたとしても、12ゴールで得点王は届いてないんですよ。だから前半戦にゴールを重ねておきたいです。
——きれいな形のゴールってなかったですもんね。齊藤選手の分析はしにくいでしょうね(苦笑)。
最終的にぐちゃってなったところを自分が決める——。それが自分の“ゴール”です!
早草 紀子(はやくさ のりこ)
兵庫県神戸市生まれ。東京工芸短大写真技術科卒業。1993年よりフリーランスとしてサッカー専門誌などへ寄稿する。女子サッカー報道の先駆者であり、2005年から大宮アルディージャのオフィシャルカメラマンを務める。