NEWS

ニュース

【トレーニングレポート】現役最後のチームと決めた大宮で、濱田水輝が追い求める「自分にできること」

「契約満了選手のお知らせ」

2023年114日、ファジアーノ岡山は公式ホームページ上で1本のニュースを発信した。リーグ戦を2試合残した時点でのリリースは簡素だった。濱田水輝と契約を更新しない旨が、簡単な経歴とともに、わずか2行で記されていた。

濱田は当時33歳。スパイクを脱ぐ考えも頭をよぎった。「自分の人生をどうしようかすごく考えて、辞めることも考えたんですよ。でも、いろいろ考え直して、最後かどうか分からないですけど、もう1回選手としてやりたいという思いで大宮に来ました」



消えかけていた闘志に再び火を灯してくれたのは、岡山でも共闘した恩師・長澤徹前監督だった。自身初のJ3リーグを戦った昨季、濱田は先頭に立ちチームを引っ張った。勝負に徹する思いを口にし、時には厳しい口調で練習の空気を引き締めた。年下が多いチームに求めたのはうまさよりも強さ。攻守の切り替え、球際の激しさ、勝負への執着心を強調した。

大宮は変わった。懸命に戦うことが当たり前となり、仲間同士で求め合う基準も上がった。どん底まで落ちていたチームは、リーグ戦が始まるころには“戦える集団”に変貌した。大宮加入1年目の濱田の戦績は、18試合出場1得点。コンスタントにピッチに立ったわけではないが、要所要所でチームの力となる活躍を見せた。

出場した試合は一つも負けていない。第4節・奈良戦では、加入後初得点をヘディングで奪い勝利を決定づけた。7試合ぶりに先発した第16節・金沢戦では、体を張った守備で1-0の勝利に貢献。出場停止の市原吏音に代わり先発フル出場した第22節・FC大阪戦では、3バックを統率してアウェイから勝点1を持ち帰った。



「試合に出ている選手とそうでない選手とで差が出ちゃうと、そこがチームのスキになる。だから、全員がモチベーション高く、当事者意識を持っていられるか。口で言うのは簡単ですけど、僕はつねに本気なので、その姿勢が周りに伝わるぐらい、これからも続けていきたい」そんな思いを体現して、結果に結びつけた。

大宮で迎えた2年目の今季、濱田は開幕から圧巻のパフォーマンスを見せた。市原が「AFC U20アジアカップ中国2025」に参加していたこともあって、開幕から3試合連続でフル出場。山形との開幕戦でRB大宮アルディージャとしての初得点を押し込むと、甲府、熊本相手の2試合連続クリーンシートに貢献。一度は引退を考えた選手とは思えないほどの輝きで、開幕ダッシュに一役買った。



「試合に出て活躍する以上の価値がありました。というのも僕は、選手として一回終わった身だったので。終わった身から這い上がって、もう一回できるんだということを自分自身に見せることができたし、家族とかファン・サポーターの皆さんにも見せることができた。それは、自分にとって人生の喜びというか、サッカーで感じる以上の喜びでした」

市原がチームに戻ると先発から外れ、メンバー外の試合も続いた。それでも、練習での姿勢は変わらない。試合に出ることを想定して全力を尽くした。

ところが、不運に見舞われてしまう。第10節・今治戦の52分、ともに体を張って守ったからこその味方との衝突。左膝の骨折で長期離脱を余儀なくされた。「ハッキリと覚えています。ただ、もう一度あのようなシーンが来ても、たぶん同じプレーをするだろうと思うくらい悔いはないです。打撲だと思って立って、一歩を踏み出したら全然力が入らなくて……これはいつもと違うって。経験したことのない痛みでした」



復帰までの道のりは想像以上に険しく、「2カ月くらいで治してやる」という当初の思いとはかけ離れた現実がある。回復の遅れにストレスが溜まり、チームに貢献できないことで焦りも芽生える。現在は自分の体の声を聞きながら、そのときそのときで進んでいくしかないと感じている。

5カ月以上の月日が流れた中、チームは変わった。長澤前監督が去り、宮沢悠生監督の下でリーグ終盤を迎えようとしている。第33節・藤枝戦の前週、109日の練習も充実していた。笑いが起きる場面もあれば、一つのパスにこだわる檄も飛んだ。スローインからの組み立てを徹底し、ゴール前の攻防を続け、セットプレーの確認にも時間を割いた。

濱田自身は室内でのトレーニングに励んだあと、スパイクを履いてグラウンドに現われた。ランニング、ダッシュに続いて軽くボールを蹴り、両足でのインサイドキック、動きを入れてからのパスに取り組み、最後はミドルパスを蹴って練習を切り上げた。



「正直、これ以上は自分に望めないと言うか……充分以上にやらせてもらいました」という思いがあり、大宮がラストチームになると覚悟している。ただ、闘志は少しも衰えていない。

「試合に復帰できたら一番いいですけど、復帰できなかったとしても、こいつがいると練習が締まるとか、こいつの言葉があったから大事な一戦に臨めたとか。もう何でもいい、どんな形でもいいので、チームのJ1昇格に貢献できたらと思っています」

濱田水輝は、もう一度ピッチで雄姿を見せて家族やファン・サポーターの笑顔を取り戻すため、そして大宮の力となって目標を達成するため、必死にもがき続けている。


(文:粕川 哲男/写真:高須 力、早草 紀子)

  • チーム

FOLLOW US

アーカイブ