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一つの奇跡だと思う。かつて、ここまで実を結んだ監督交代があっただろうか。
長澤徹・前監督は、J3まで落ちた大宮を立て直した最大の功労者だ。チームに規律と強度を植えつけ、戦える集団に仕上げてJ2昇格、J3優勝を実現した。選手もスタッフもその背中に従い、その言葉を信じ、一丸となって2年連続の昇格を目指していた。
長澤前監督について、岡山時代から師弟関係を結ぶ濱田水輝は「サッカー以上のこと、人生についても教えてくれた」と言う。多くの監督と共闘してきた和田拓也は「ただの監督以上の存在というか、影響力が大きい人だった」と振り返る。
そんな偉大な前任者から指揮権を継いだ宮沢悠生監督にかかる責任の大きさ、仕事の難しさは、想像を絶する。しかも、トップチームを指揮するのは初めてである。結果が出なければ批判の的になるだろう。ファン・サポーター、スタッフ、そして選手たちに受け入れられること自体、簡単ではない。
ところが、無名の新人監督は瞬く間に信頼を勝ち取った。とりわけ印象的で、人々の心に響いたのは就任発表の3日後、逆転勝利を収めた磐田戦後の、あの言葉だろう。
『このチームは俺が作ったチームじゃない。知ってる。でもみんなが受け入れてくれて、オープンマイドでチャレンジしてくれたことで、この勝点3がある。絶対に徹さんに感謝の気持ちも込めて、みんなでもう1回やろう。俺が絶対に責任を取るから』
1時間後に携帯を見ると500件近い連絡があり、激賞された。
「最初に横断幕を見たとき、みんな長澤さんと一緒に昇格したかったんだなというのが伝わってきました。長澤さんをリスペクトするのは僕の使命だと思いましたし、絶対に忘れちゃダメだと自分に言い聞かせていました」
チーム在籍10年目の富山貴光も感服する。「徹さんの名前を出して、あのような言葉を言えることが、人間としても指導者としてもすばらしいと思います。ああいうことは、言えそうで言えない。徹さんも宮さんも漢の部分がすごい。僕は35歳ですけど、新たなことを学ばせてもらっているし、見習わないといけないと感じています」
宮沢監督は京都府出身。小学校3年生のときに地元のサッカークラブでボールを蹴り始め、大枝中学校の部活でサッカーを続けた。小学生の頃に「頭を使え」と指導されたことがきっかけで、どんなときも「なんで?」と考えながら行動していた。練習の意図を考え、指導者の本心を考え、中学校では自主的に練習メニューを考えた。
桂高校では3年時に選手権の府予選決勝まで進んだが、京都朝鮮高に敗れて全国には届かなかった。高校の監督となり選手権で優勝したいと思い、教員免許が取れるびわこ成蹊スポーツ大学に進学した。現役時代は「ゴールのことしか考えていない」選手で、ポジションはFW。憧れは中山雅史とラウールだった。
卒業後は単身ドイツに渡り、「朝4時半ぐらいに起きて、日本食の料理屋さんでお寿司を握って、そのお寿司をデパートに運んで、戻ってきて語学学校に行って、4時間ぐらい勉強して、宿題して、サッカースクールで子供たちを指導して、帰ってきて宿題して」という生活を2年くらい繰り返して、名門ケルンスポーツ大学に一発合格した。
その後、ケルンで長澤和輝と大迫勇也の通訳を務め、レッドブル・ザルツブルクでは南野拓実と奥川雅也の通訳、下部組織のコーチと監督、セカンドチームのアシスタントコーチを歴任し、今年9月に大宮の監督に就任した。
Jリーグ監督としては異例のキャリアだが、歩んできた道のりには自信を持っている。プロでのプレー経験がないことに対して引け目を感じたことはない。
「僕が、監督として大宮に来れたのはレッドブルだからだと思います。日本人のスポーツダイレクターが、プロ(選手として)の経験がない僕を監督には選びにくいはず。ただ、任されたときに自分はこういうサッカーがしたい、選手やスタッフとはこう関わりたいというイメージは持っていましたし、自信もありました。やってみないと分からない部分はありましたが、やってみた結果、今があるという感じです。あとはカッコつけるわけじゃないですけど、元プロではない指導者の道を開けるためには、自分が結果を出すしかないと思いますし、絶対にやり遂げたいと思っています」
妻と3人の子供、「僕の人生で一番大事」と言う家族をオーストリアのザルツブルクに残し、現在は単身赴任中。初めてのJリーグ監督生活に不便はないが、違和感はある。
毎試合後、憧れの存在であるユルゲン・クロップ(レッドブル グローバルサッカー部門責任者)から連絡をもらって、戦術的なアドバイスも受けている。「ホンマ、2カ月前まで一般人だった僕とクロップさんが連絡……『えっ?』と思いますけど、成長させてもらえているので本当に日々感謝。感謝しかないです」と、夢のような現実に喜びを感じている。
また、「できないことは人に任せられるのが自分の強み」という言葉どおり、喜名哲裕コーチや戸田光洋コーチを始め、スタッフ全員を信頼している。自身を受け入れてくれた選手たちへの感謝も感じつつ、「長澤さんが連れてきてくれた、選手のために時間を使えるすばらしいスタッフ」の助言に耳を傾けながら、今、大宮の舵を取っている。
前節・徳島戦の敗戦によって、就任以降に続いていた無敗記録は途絶えた。とはいえ、戦いは続いている。J1昇格プレーオフを含めて3連勝すれば、自分たちが掲げた目標を達成することができる。敗戦を真摯に受け止め、そこから立ち上がり、どのような戦いを見せるのか。リーグ最終節の山口戦でも真価が問われる。
山口戦を控えた11月最終週の練習も、これまでと同じ強度と緊張感に満ちていた。「球際!」「切り替え!」「GO!」といった宮沢監督の声が響き、それに応えようとする選手たちが、闘志を剥き出しにしてぶつかり合っていた。目の前の一戦に懸ける姿勢は少しも変わっていない。
「僕自身はリーグ最後という意識はありません。ただ、懸かっているものが大きい中、試合開始から試合終了まで選手たちが勇気を持ってプレーできる枠組みを作ってあげたい。後悔のないような声掛けとか準備はしたいと思います。選手たちが山口戦で思い切って、『オッシャ!』って開き直って全員がピッチに出ていって、自分たちのサッカーをやって、最後笑えるイメージを持てるように。そんなロマンチックな試合にはならないと思います。向こうもすべてを懸けているので。もう本当にファイナルのファイナルです。だけど……やっぱり、徳島ともう1回やりたいですね。ホームでやってやりたいと感じています」
Jリーグの歴史上、これまで2年のうちに連続昇格を成し遂げたチームは一つもない。J3からJ1まで駆け上がろうとしている大宮の挑戦は、いよいよクライマックスだ。
(文:粕川 哲男/写真:高須 力、早草 紀子)
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