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下口稚葉には小さくない心残りと、だからこそ抱く強い願望がある。
年間3敗という圧倒的な成績でJ3を制した昨季、9月に右ふくらはぎの肉離れで戦列を離れた下口は、J2昇格を決めた第32節・福島戦、J3優勝を果たした第33節・今治戦、どちらの試合でもプレーしていない。目標を成し遂げた仲間たちを外から見守っており、歓喜の瞬間をピッチ上で体感していないのだ。
「チームとしての勢いがあったので、(昇格も優勝も)確信してました。だから心配せず、仲間に託すことしかできませんでした。そういった経験を踏まえて今年、1年をとおしてピッチに立たせてもらえている。昨季、ケガで力になれなかったあの時間があるからこそ、最高の瞬間をピッチに立って味わいたいと思っています」
今季、下口は開幕から35試合連続で先発出場を続けてきた。だが前節、首位の水戸に挑んだ一戦は警告の累積で出場停止。今季初めて、ピッチの外から試合を見た。
メンバー外となったあの日は午前中に西大宮のグラウンドで練習を行ない、スタッフとともに車で水戸に駆けつけた。そして、価値ある勝利を分かち合った。下口の歓喜の声は、ロッカールームに隣接する記者会見場にまで聞こえてきた。
「難しい試合になるだろうと予想してましたけど、勝つと信じてました。しぶとい試合を勝ち切った仲間が、すごく頼もしかったです。今季初めて外から試合を見ることになって歯痒さもありましたが、水戸戦までの立ち居振る舞いとか、自分にできることをしっかりやれたと思うし、勝てて良かった。それと、試合を見てるのも疲れるなって(笑)」
今季初の欠場によって出場欲が強まった、なんてことはない。出場に懸ける思いは常に強く、どんなときもピッチに立つ自分の姿を思い描いている。
「メンバーに入れるかな、試合に出られるかなという状況で、気持ちを揺さぶられながらずっとプロ生活を送ってきました。いつサッカー人生が終わっても不思議ではなかった。大宮で勝ち取った立ち位置は奇跡に近い。だから、出場にかける気持ちは強い。ピッチに立っていても立っていなくても、そこの熱量は人一倍強いつもりです」
もちろん、大事な試合でチームに貢献できなかった悔しさはあるし、出場停止となって気づいたこともある。
「J1に目を向けると、鹿島の植田(直通)選手はカード0枚でフルタイム出場している。カードをもらわないためのアラートさとか、良いポジショニングとか、それだけのことを実践している良い選手が上にはいる。そこを知れた、良い機会だったとは思います」
リーグ戦は残り2試合。出場停止明けの下口がピッチに立てる保証はない。
下口自身も「西大宮で仲間との競争に打ち勝つ意識がある」と初心を忘れていない。とはいえ、次の徳島戦に向けては「前回苦しめられた相手。力もあるし勢いもある。でも、自分たちにも勢いがあるし、力もつけてきたと思う。まずは自分たちのサッカーでぶつかって、強気でプレーしたい」と意気込む。
大宮は、どん底から這い上がってきたチームだ。J3で他チームを圧倒して頂点に立ち、1年で戻ったJ2で今、J1昇格を懸けて戦っている。下口は、その過程を自身の歩みに重ねながら、自らの手で目標を掴み取ろうとしている。
「すごくポジティブなことだと思うんです。1回沈んだ集団を自分たちの力で立て直して、この時期まで昇格を争って試合ができている。それは自分たちが勝ちとったもの。だから、幸せを感じます。ただ、背景を忘れてはいけない。昨季までの悔しい記憶は僕たちを奮い立たせる起爆剤。全員がそこを認識して、残り2試合に立ち向かいたい」
大雨の水戸戦で気づいたことは、他にもある。いつも選手たちを支え、熱いサポートを続けているファン・サポーターの存在の大きさだ。
「あの試合、僕はスタンドにいたんですが、それでも奮い立ちました。あれだけ応援してもらえる環境は、本当に選手冥利に尽きる。あそこまでの雰囲気を作ってくれるファン・サポーターは、どこを探してもなかなかいないと思う。だから、本当に感謝しています。次はホーム最終戦なので、とにかく徳島を相手にしっかり自分たちのサッカーを見せて、最後までやり切りたい。最終的な結果はやってみないと分からないけど、しっかり勝点3を届けて、みんなに笑顔で帰ってもらいたい」
徳島戦を控えた練習でも下口は先頭に立って仲間を引っ張り、声を出して雰囲気を作り、体を張ったプレーで練習を盛り上げていた。気持ちの緩みは一切ない。
下口は、徳島との大一番でも最後まで全力で戦い続けるだろう。
そうすることが「サッカー人生を繋いでもらった」長澤徹・前監督への恩返しとなり、「すごく難しい状況のなか人生を懸けて引き受けてくれた」宮沢悠生監督の漢気に応えることに繋がり、「結果を出して、みんなでハッピーになりたい」という自分自身の願いも実現すると知っているから。
(文:粕川 哲男/写真:高須 力)
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